日帰りクエスト

 悟りを開いたとはいえ、少し疲れているのでちょっと明るい話でも。せっかくスレイヤーズに注目が集まっているので、他の神坂一作品についてレビューみたいなものを書こうかと思います。
 私の一押しは「日帰りクエスト」(全4巻 角川スニーカー文庫刊)。この作品も女の子が主役のファンタジーなのでスレイヤーズの次に読むならこれが一番とっつきやすいと思います。全4巻と言うボリュームもちょうどいいかと。

 ネタバレにならない範囲でレビューを。
 この物語の主人公、村瀬エリはごく普通の女子高校生。ただし性格はリナみたいな感じでクセあり。物語はそんなエリが現代世界からファンタジー風異世界に召喚されてしまうところから始まります。自分が異世界に来てしまったことを知ったエリは、ここで非常に神坂作品のキャラクターらしい行動に出ます。私はこの時点で「やられた」と思った。掴みはOKと。
 紆余曲折を経て、エリはこの異世界を条件付で冒険することになります。タイトルどおり「日帰り」。このお手軽感と、現実世界とファンタジー世界の狭間で揺れ動くエリの心情、っていうのが妙にリアリティと親近感が持ててでいいんですよね。特に私みたいにゲームとかファンタジーとか好きな人間には。
 しかし、そんなエリのお気楽なノリとは裏腹に、この異世界が置かれている状況と言うのはかなりシビア。人間と竜人族(ギオラムバスカー)と呼ばれる異種族の間で戦争真っ最中なんです。お気楽女子高生のエリが戦争という現実に直面して、さあどうする?こんなお話かな。
 さて、人間と敵対するギオラムは竜のような風貌と翼を持った人型の種族。モデルは「人間」だそうで、「もし地球上に人間以外に知的生命体がいたら」というifを元に生み出されている。つまり、「自分達は他の生き物とは違う、世界の支配者だ」という思考の元に動いていて、その辺は我々人間が動物に対して抱いている感覚と同じ。このギオラムを通した人間世界への風刺もこの作品の見所のひとつです。
 最初のノリはお気楽で笑いながら読めるけど、その一方でテーマは深い。RPGでもプレイするような感覚で、「日帰りクエスト」に出かけてみませんか?
 残念ながら現在は絶版になっているため、新品の入手は困難です。でもブックオフとかいけば100円コーナーに転がっていると思うので、見かけたら手にとってみてください。
 電子書籍としては復刊していて、楽天からダウンロード購入できます。
[rakuten:rdownload:11271394:detail]
 携帯版だと「ちょく読み」というサイトから読めます。
 と、レビューはこんな感じで以下はネタバレ。


 最近読み返しましたがやっぱり面白い。
 1巻はエリが「ファンタジーのリアル」に直面する描写が良い。勉強漬けの現代世界に嫌気が差し、異世界に憧れるエリ。でも、あっちはあっちで大変だった。戦争中という現実。戦うすべを持たない彼女が無力であるという現実。それでも、何も出来なくても、自分らしさを失うまいと行動するエリの姿は勇ましい。
 2巻は作中は夏休みで、それを利用して異世界に長期滞在しようとしたエリがギオラムにさらわれて、奴隷(と言っても本人自覚なし)としてまったく異なるギオラム文化の中で暮らす、というもの。この「ひと夏の冒険」というワクワクするような感覚がどうにも懐かしかったです。最後に「宿題が残る寮の部屋へ戻る」というオチもなんとも面白い。一気に現実に引き戻される、という。
 3巻目はギオラムの街で知り合ったギオラム・ラーディが人間の姿に化けて人間の街へやってくる。エリとラーディには種族を超えた友情が生まれちゃう。種族間はで和解することは難しいのかもしれない。でも個人なら分かり合える・・・そんなテーマがさりげなく示されている。
 4巻・・・最終巻は、エリが「異世界へ移住したい」という思いに答えを出す。それは単に現実から逃げているだけだった、こっちの世界に来てもやりたいことが見つけられなければ同じ・・・と。これは別に「異世界へ移住」なんてスケールの大きい話じゃなくても、「お話の世界に憧れる」人間にとっては耳が痛い話で、現実から目をそらさずに生きなきゃ、という隠れたメッセージですね。
 エリ中心に感想を書きましたが、ストーリーの本題になる「ギオラム戦記」の部分も面白いです。絡み合う作戦と駆け引きが魅力。そして、ベツァーの狂気。落ち着いているようでもう完全におかしくなっている彼の描写は読んでいてなんだかゾクゾクするものが。
 絶版はほんと惜しい作品。でもまあ、電子書籍で復刊してるなら恵まれているほうかな。